Life is a Flower.

詩の話とかWebっぽい話とか、とにかく雑多に。

2004年01月29日

拳を挙げたら振り回す(をぃ。

言葉の消費。の続き。ホントはそっちの記事にコメントアウトで記載されてた文だったんですけれど、書いてるうちにそれはそれで面白くなって来たので独立させて掲載(笑。以下本文。ちなみに暴言吐きまくりです。

さっきは最近のF.y.の投稿作についてちょっとした苦言を呈してみたけど、それをあんまりおおっぴらに(たとえばF.y.のFreeBBSだとかAttention,please!とかで)力説するようなことだとも思わないんですよねぇ。

表現しようとする理由は人それぞれで、そんな中で「詩はどうあるべきか」なんて意味を成さない。たとえ詩がコミュニケーション・ツールの役割以上でないとしても、少なくともコミュニケーション・ツールとしての意味を既に有している。私はそれを否定するほどに「詩がなんたるか」なんて分かっているわけじゃない。

しかも「詩はどうあるべきか」とかいう人が「そういう詩もアリだと思う」というその本心では、その存在を黙殺するのに終始してる。そういう姿勢にも私は無性にムカつくの。

「そんなこと公言しといて、てめえのやってることは無視かー!!」なんて、ね。

本当に異質なものを認められないのは案外「詩はどうあるべきか」なんて価値観が凝り固まって、それを平気で語ってみせる人に多くて、そういう人に限って詩がもっと多くの人に受け入れられたら……、なんて言うわけよ。

そういう人たち(詩だけで食べていこうとまで思っている人は多分まだ少数だと思うけど)はプロとして活動していける土壌をいずれ形成したいと考えているんだろうし、その純粋な想いを誇りに詩に向かいたいのだろうし、マーケット的にコミュニケーション・ツールの役割以上の価値がない作品ではそもそも商品としての価値もないわけで(流通してみて初めてコミュニケーション・ツールの役割以上の価値があると判明するケースももちろんあり得る、多分)、供給者的立場には「詩はどうあるべきか」をどんどん突き詰めていけば良いんだろうさ。けど、それを読むのは誰よ?みたいな。

そういう指向の投稿サイトに集まる人だけでマーケットが形成できるんなら問題ないだろうけど、それだけでは成立しないからこそ、現に今「詩がもっと多くの人に受け入れられたら……」と思うわけだろ? ここで言うもっと多くの人って、例えばどんな人よ?

そんな夢があるなら今からでもできることがあるんじゃないか、と思う。自作品を読む人間を想定してその対象に媚びろと言ってるわけじゃない。普段寄る場に集まる内輪にしか受けない(あるいは分からない)言葉を使うのはやめろ、と言ってるの。

結局は技術論を語り合うためのコミュニケーション・ツールじゃないか。何が違うのか分かんない。いや、むしろ「違う」と言い張る人が何処らへんを違う、と言いたいのかが、分かんない。

投稿時刻: 01:57 | カテゴリ: /poem | 固定リンク

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