Life is a Flower.

詩の話とかWebっぽい話とか、とにかく雑多に。

2003年10月30日

【創作memo2】秋の空のトリップ・アワー

思ったよりもレスが付いたなぁって感じの『秋の空のトリップ・アワー』でした。みなさん、レスさんきゅうです。

冷静に読み返してみるとちょっとポップすぎたかなぁという印象も無きにしも非ず。と言うよりも自分の基本的な指向とこの作品の方向性が完全にブレてるって言うのは拭いようのない事実なのは確かだと思うのよ。例えレスで

のびやかで、はれやかで、はじけてますね。
Ayaサンって落ち着いた人だから
なんか年齢以上に落ち着いた印象を勝手に脳内構成していたんだけれど(失敬)、
まだ20代のぴちぴちギャルなんだって事を再認識されました。

20代のぴちぴちギャルかどうかはともかく(笑)、まず脳内構成されたイメージを一旦リセットしようとする意図があったのは事実ですね。

「こういう作品を書く人」もっと簡単に「こういう人」という認識をされるのも悪いことじゃないですけど、そのイメージに乗って一辺倒にだけはなりたくない、というか。

と返して、更にはそれもまた事実だったとしても。です。あるいはむしろ、自分が一番誰かの認識によって構成されたイメージに縛られているのかもしれないのですが(だからこそ脳内構成されたイメージを一旦リセットしようとする意図が働くとも言えるわけで)。多分F.y.に『ガラスだま』を投稿した時にたもつさんから貰ったレスの

Ayaさんって、意外と器用なんですね、とか失礼気味に。

イメージとしてはきちきちと書く感じで、自分としては「心」で読むというより、「頭」で読む感じだったんですけどね。

(なんか「心」で読むとか曖昧な感じで嫌な表現ですけどね)

頭で読む前に心に響いてくる。

もちろん、きちきちと書いてるんですけどね。いつもの固苦しい雰囲気がないのは語尾の関西弁やメルヘンチックな風情だけではなく、全体的なリズムや、リズムの壊し方なんだろうなあ。

っていうのがまだ記憶に残ってるのかも。いや、残ってる。

まぁ確かに(作風が)一辺倒にだけはなりたくないと思ってやまないのは事実ですが、難しく書いて書き手はしたり顔になって、読み手はそれを分かった振りをして口上を垂れていくのが詩だったり文芸だったりするのか?と問われると、それは違うだろう、というのがあって。

技術なり技法なりはその作品を裏から支えるものであって、普通はそれが作品の中核とはなりえない。そんなのはただのひけらかしだ。そうでなくてもできることは数多くある。

とか言うことを考えて書いたわけでもないのですが(どないやねん)。

投稿時刻: 01:13 | カテゴリ: /poem | 固定リンク

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