天王山謎の洞窟探険(第1回)  
       
  ナレーション
田中信夫
 無限に拡がる大自然、そこにはさまざまな生命が生きづいている。誕生する生命、死にゆく生命、その繰り返しの中であらゆる生命は進化しまた変化してきたのだ。人間の文明も同じく長い時間の流れの中において、生まれては滅び、減びては生まれくる。

 その繰り返しの中で、素晴しき人間の叡智の結晶ともいうべき創造物もあれば、一方で大自然によって育まれ人知れず神秘のヴェールにつつみ隠された天然の芸術品もまたこの世界に数多<存在することだろう。

 限りない祖先への賛美、大自然への崇敬、これこそが現代に生きづく我々の使命ではないだろうか?と、同時に「人間は考える葦である」という言葉のごとく、文化文明への探求心・神秘の謎へのあくなき挑戦…これもまた人間という生物学史上星も優れた生命種にのみ許され、また架せられた重く大きく素晴しい使命ではないだろうか?

オープニングテーマ
 ジャーンジャジャジャジャーン ジャジャジャジャーン
 
10:00 ある会議室  立春を過ぎたとは言え、まだ空は、春にかかる花霞と呼ぶには遠く及ばぬ、冬の青々とした色を呈していた。
 時折小雪の舞う姿が確認される。

 今、岡山県の最南端、倉敷市児島のとある会議室で、重要な懸案が持ち上げられていた。
 会議に参加しているメンバーは六人、みな屈強な体力そして精神力を有し、きわめて冷静かつ大胆な発想力と、深い知識を身に付けたツワモノぞろいである。
 彼らの表情はまさに真剣そのものである。中心人物らしき男が周囲の人物に対して熱く何かを説いている。他の人物は時折うなづきをみせるもののその男への視線を逸らそうとはしない。その光景はむしろ視線というよりは眼差しを送るという表現がより適切なのかもしれない。会議字内の空気は、まさにはちきれんばかりにはりつめていた。
 彼らの手元には大小とりどりの地図が広げられ、赤や青のペンで多種多様の記号や走り書かれている。各人記入されている内容は違えども大きな共通点があった。それは地図の中のある一点に一際大きく「×」印がなされており、更にこう記されているのである。

天王山」。
 
10:15 最終打合 「以上のことに気をつけて、各人の任務を遂行してください」

 中心人物らしき男が、話を締めくくった。張り詰めた空気がはじめて緩和されるような心地が一連の面々の間を走り抜ける。
 この男の名前は
ヒデ口ヒデ夫(14)、ヒデ口探検隊の隊長である。今後全ての作戦発案と意思決定、行動指示は彼にゆだねられる。一際深い知識と冷静な判断力と大胆な決断力、強靭な行動力…あらゆる要素が彼に要求されることは言うに及ばず、また兼ね備えている人物であった。
 会議に参加しているメンバーは無論、隊の結成メンバーである。みな隊長に負けないくらいの潜在能力の主ではあるが、各々得意分野があり、殊その限りにおいて
隊長さえも凌駕する能力を有する猛者たちである。今後ヒデ口隊長は、彼らの特徴をみぬき、彼らに的確な指示を与えなければならない。そして彼らのいかんなき働きなくば、いかなる任務の遂行もなしえないことであろう。
 
10:30 入念なチェック  会議室からでた隊員達は、早速身支度を整える。身なりも当然ながら、つねに危険との隣り合わせの任務、道具類のチェックは欠かせない。仮にこれをおろそかにして、万一の時に道具の不携行あるいは不備による動作不良に遭遇したとき、任務の続行が不可能に陥るだけでなく、場合によっては隊全員の遭難や最悪生命の犠牲という事態もひきおこしかねない。
 当然隊員達は、手に入るような小型の用具から、主力となる移動手段・自転車のチェーンまで徹底的なチェックを行うのであった
 
10:35 異様な物音 バキッ

 その時である、作業に勤しむメンバー達の奥のほうで異様な物音がした!(ジャーン)
 隊員達の脳裏にに不吉な予感がかけめぐる。
 未だ探険にも出発せず、メンバーの活躍も一切似ないままに、もう苦境を迎えてしまうのだろうか?あるいはそれは、これから我々を待ち受ける試練と運命の過酷さを暗に示し、警告の意を大自然が表している証拠なのであろうか?

隊長「どうした?」

ヒデ口隊長が音のほうへかけよった。

異音の源は隊の一人・
ミネコ隊員の自転車からであった。

ミネコ隊員は何も言わずこちらをじぃっとみている。隊員たちの表情に不安の色が伺える。心底ミネコ隊員を気遣っている証拠である。一体彼に何が起こったというのか?
●ミネコ隊員(13)…
隊きっての楽天家、ムードメーカーである。仲間達からは「ミネさん」と親しまれている。いつも笑顔を絶やさない彼の存在は、窮地においこまれ考えに行き詰まった隊員各員の雰囲気を和ませ、新たな展開へと導いてくれるであろう。トレードマークはピースサイン。物事が解決したとき、嬉しいとき、迷ったとき、とにかくピースサイン。彼特有の心のアクセントである。尚、将来、新幹線のビュッフェからポン引き、果ては消費者金融関係と様々な分野で活躍するマルチな青年へと成長する。
10:37 笑顔  次の瞬間ミネコ隊員は、独特の屈託の無い笑顔でこう語りかけた。

ミネコ「切れた」

 そう明るく語るミネコ隊員の身に何がおこったのか理解が出来なかった。一見したところ、彼になにか外傷らしき痕跡は無く、また座り込むでもなく、苦痛に表情をゆがませているわけでもない、とにかく屈託ない笑顔でこちらに眼差しを送っているだけなのである。ミネコ隊員の右手にはハンドルがしっかりと握り締められ、左手はまるで自転車を支えるかのようにサドルに手を添えている。どこに異常があるというのか?

 だが次の瞬間、我々は恐ろしい事実を目の当たりにしてしまった!
 
10:38 失われた証  ミネコ隊員の右手は、確かにハンドルがしっかりと握り締められていた。それにはなんら異常な要素は無い。けっこうなことである。だが異常はそのハンドルのすぐ下にあった。

 幾重にも束ねられた細いひも状の鉄器が、ハンドルの下よりしな垂れているのである。それは…ブレーキワイアーであった!

ミネコ「ブレーキ切れた(ジャーン)」

 自転車にとってブレーキは命綱である。これが切れてしまったら、自転車は制御を失いただ自然の法則に従って暴走してしまうであろう。さながら理性を持たず本能だけで荒れ狂う野獣のごとき狂気の存在へと一変してしまうのだ。なぜそんな事がおこってしまったのか?聞けばミネコ隊員は、自転車の最終チェックに精を出していたということである。ブレーキの効きは、重要な要素である。これを怠ると不要な事故を引き起こしかねない。ミネコ隊員は、懇親の力をこめてブレーキのテストを実施したという。

隊長「それだ!」

 状況を聞き出すや否や。隊長は叫ぶ。ブレーキが意に反して切れた原因にめぼしがついたと見える。

隊長「力入れてブレーキかけすぎじゃ」

 ミネコ隊員は、握力が強い。小柄で華奢な体つきの割には異常に高い。つまり、何年もろくなメンテも行わず枯れかけたブレーキを、ここにきて一気にそのパワーで握り締めれば、ワイアーがもろくも崩れ、細糸のごとく掻き切れてしまうことは想像に難くない。
そして、その命綱ともいえるブレーキが破損した今、彼の旅路の安全を保証する大きなものが失われたといっても過言ではない。他の隊員たちに比べ大きなハンデとなろう。そしてあまつさえチームワークに支障をきたし、任務の遂行に支障が出てくるかもしれないのだ。
 
10:39 勇敢な一言  誰もがミネコ隊員に対し、戸惑いの表情を隠しえない状況になっていた。いや、誰よりも戸惑い、不安を感じ、恐怖に旋律すら覚えてしかるべき人物は、他でもないミネコ隊員本人であるはずだった。

 しかし、彼の口から出た言葉は、全く我々の予想だにしなかったものであった。

ミネコ「ま、ええわ。もう片方残っとら」

 そういいながら、彼は得意のピースサインを我々に見せた。なんと勇敢な一言であろう!自転車の制動システムは、二つある車輪を独立に行える実に巧妙なものになっている。左のブレーキワイアーは後輪の制動を、右のブレーキワイアーは前輪の制動をそれぞれ担当し、その操作と力加減のバランスを巧みに用いて自在に動作を制御する。だが、その片方、今回の場合は左のブレーキ…後輪の制動…が損傷してしまっては頼るは前輪の制動のみ。これが仮に運転中に損傷すればいかな運命が操縦者の頭上に降り注ぐか、想像することさえはばかれる事態がおこるのだ。

 にもかかわらず、彼は勇敢にも前輪だけの制動システムで、長く危険な道中を乗り切ることを、かくもあっさりと宣言した。が、その言葉の裏には、本任務における彼の並々ならぬ決意と情熱と使命感がその身を潜めているに違いない。返して言えば、ミネコ隊員の
熱い思いこそが、この深刻な事態においても、彼のトレードマークの笑顔、更には毅然とした余裕を彼に忘れないでいさせてくれたともいえるのだ。他の隊員たちがそんな熱い思いを受け止めないはずが無い。ますます任務遂行への決意は高まっていくことであろう。
 
11:00 出発  一瞬、ひやりとするハプニングはあったものの、他のチェックは滞りなく終了し、いよいよ出発のときがやってきた。

隊長「出発」

ヒデ口隊長を先頭に、5人の勇ましき隊員たちが、謎と神秘の伝説につつまれた未踏の秘境「天王山」に向かって、ついにその歩みを進め始めた。

天王山…まだその名前しか判明してはいない。ヒデ口以下、この隊の目的は一体何であろうか、そしていかなる運命が彼らを待っているのであろうか?
(ジャーン)
 
11:05 CM あられふえがきオリーブの花…ウワワン、ピヨヨン♪
サントリーオールド…ランランリリンランラララン♪
キンチョール…社長も社員も皆家族、効け効けよく効けキンチョール
 
11:07 天王山  天王山とは、岡山県倉敷市児島の中部山間地帯にある山の名称である。古来より児島という地域には、原住民による集落が無数に存在しており、集落同士の交流や諍いが頻繁に起こっていた。そうした長い歴史の中、いくつかの集落同士はその地盤的類似性から深い交流関係を結び始め、やがて中規模な同盟集落郡に発展していく。彼らはその集落郡を「部落」と呼ぶようになり、自らの名称をつけ同盟集落間の共存意識の存続をはかってきた。

 いま、我々が目指している地は「天王」と言われる部落である。「天王山」という名称は、この「天王」部落の中心に位置する山からとっているということは想像に難くない。
 天王部落の地盤的特性といえば、
低高度山間地域ということである。それほど高い山々に囲われているというわけではないが、他地域と結ぶ往来の数は多くなく、物流もさかんではない。そのわりに厳しい生活環境に晒されているというわけでもないから、独特の風習や文化がはぐくまれてきた。また過去において地形を利用開発しようと幾度も目論まれた。だが、そのことごとくは頓挫の憂き目に遭っている。つまり、開発の気運が高まり、一度は町として栄える兆しが見えはするものの、すぐさま挫折、この繰り返しであった。結果、残されるのは、もはや動かぬブルドーザと誰もいない開発現場事務所、そしてうらぶれた雰囲気のいくつかの店…それと旧来からの原住民の自然崇拝の証である祠や祭事などが混在する独特な雰囲気、ヒデ口探検隊が目指す地はそういう場所であった。
●低高度山間地域…
山間部には違いないが、その高さがあまり高くない山間地域。高さだけで言えば「丘」級ではあるが、地表に生命をなしている植物群は、本格的な山間部と変わりないような地域。木々が林立し、葉は一年中茂り、高さが低いからといって無鉄砲に飛び込むと方向感覚を狂わされて、遭難してしまう可能性がある。一つの山であればさほど危険も無いであろうが、いくつかの低高度な山が連なると思わぬ自然の脅威を身近に体験させてくれることになる。
隊員の一人は、過去道に失い、偶然目撃できた道路をめがけて一目散に走りぬけたところ、おいしげる枝葉の中に隠れ生えていた茨群に前進をズタズタにされた経験をもつ。
決して油断はならない
11:08 進路は北へ
 そして現在、またしてもこの地域はゆれていた。近年発動した、日本本土と四国島嶼を結ぶ国家一大事業「瀬戸大橋計画」によって、この天王部落はまたもや大きく開発という時代の流沙に揺り動かされている時なのである。瀬戸大橋から伸びる巨大な架橋線路が建造される…その橋脚場所さらには新造の架橋駅としてこの天王部落が指定されたのであった。四国から本土岡山県の中心地岡山市まで一気に鉄道線路を敷設するこの計画、山間地域の多い岡山県においてどうしても岡山市までのルート中、山間部通過は不可避であり、低高度山間地域であるこの地を通過することは、工事の難易度と設備費用の面から言って最も有利であった。それゆえ直近、山間部の再開発が急激に推し進められているのであった。
 その結果本件の「目指すもの」が発見され、今回の隊の出動に至る。大自然の神秘が対極する人工によって発見され考証されるのだから、考えてみれば皮肉なものである。

 我々はまず、本件の「目指すもの」へのアクセス手段を唯一知りえる人物、隊のメンバーにして現地「天王部落」に住みつき今回の水先案内人である、ドジミ隊員と落ち合うべく、
進路を北に向け移動していた
 
11:10 ピンチ襲来  先ほど入念にチェックした自転車が軽快に隊員たちを目的地に運んでいる。

 目指すドジミ隊員との合流地点までに険しい谷底を通過しなければならない。我々は既に谷底に至るための長く急な下り坂にかかっていた。みな必死に制動に集中している。もし、少しでも気を抜けば、たちまち自転車は猛る重力の魔手にただ弄ばれるだけの二つの車輪と化してしまうであろう。それは既に乗り物と言える代物ではなく、搭乗している隊員更には周辺にいる隊員にさえ重大なダメージを与えかねない、まさに全身凶器の魔獣ともいうべき生命体に変貌してしまうのだ。
 だが、すでに魔の急坂はその行程の半分を過ぎ、目指す谷底にある集落の街路が、かすかに見えていた。

 そのときである、突如異様な物音がした!(ジャーン)

ブチッ

 次の瞬間、なんともいえぬ声が隊員たちの耳に入る!

ミネコ「うわ!」

 声の主はミネコ隊員であった。彼の自転車が急加速をはじめる!それはこの急坂には似つかわしくない明らかなオーバースピードである。まさか!隊員たちの脳裏に不吉な予測が駆け巡った。そして、その予測は見事に的中していることが判明した。ミネコ隊員の自転車の左ハンドル下部から、細いワイアーがしな垂れ下がっていたのである!
(ジャーン)
 
11:15 最悪の予測  自転車は、重力の影響を受けて、見る見る加速を始めていった。
 恐らく、この急坂に対して強い制動を賭けようとして、ただでさえ片方しか制動がかからない状態で残る一方のワイアーに負担がかかっている状況の中、その握力で際限なくブレーキを握り締めてしまったのだろう…ミネコ隊員の握力は尋常ではない、ブレーキは負担と握力の両方に耐えられず、もろくも切れ去ってしまったのであろう。

 そして、紛うことなく今ミネコ隊員の自転車は、その重力に弄ばれ、ただ本能のままに突進する魔獣と化した。このままではミネコ隊員が危険だ!おそらく更なる重力と加速がミネコ隊員のバランスをくずし、恐るべき加速度を保ったまま転倒しそのまま坂下まで引きずりこまれてしまうだろう…いや、それはまだ幸運な状況なのかもしれない。更に恐ろしい展開が予測された!

自動車である!!(ジャーン)

 今はまだ、ただ本能に任せて直進しているだけであるミネコ隊員だが、いつ物陰から「
鋼鉄の野牛」が飛び出してくるかは誰にも予測できない。すさまじい速度で猛り狂うミネコ隊員の自転車と、突如出現しその制動をかける間もない野牛が衝突したら…それはもう純粋なパワーとパワーのぶつかりであり、小型軽量の自転車が粉みじんになって吹き飛んでいくことは、誰の目にも明らかである。そのパワーは搭乗しているミネコ隊員にも全く同じ運命を強いることになるのである。そう…死が彼の頭上に降り注ぐのだ(ジャーン)
●自動車…
エンジンと呼ばれる鉄の塊を心臓部にもち、轟音を発しながら高速移動する、全身金属の巨大な移動手段。そのパワーは人間のゆうに2000倍以上で、まさに「鋼鉄の野牛」という形容がふさわしい。ここ児島の集落土民は、こと移動手段においては優れた文明を有しており、日々大量の自動車が徘徊している。
11:16 決断のとき  この瞬間にもミネコ隊員の自転車は速度を増しつづけていった。他の隊員は、横にあるいは後ろについて彼が大きくコースアウトしないように見守っていた。
 だが、見守るだけであった。隊長以下誰一人としてミネコ隊員に救いの手を差し伸べるものはいなかった。いや正確にいえば、隊全員とも何とかミネコ隊員を救いたい気持ちで一杯であった。だがそれは許されない状況なのである。
 仮に、誰かがミネコ隊員に救いの手を差し伸べたらば、現在辛うじてバランスを保っているミネコ隊員の自転車に、横から微量とは言え力が加わり、そのバランスを崩してしまうかもしれない。その時、ミネコ隊員のみならず救いに走った隊員たちも巻き込んで転倒の恐れがでてくる。いや、手を差し伸べただけではそこまで行かないかもしれない…だがミネコ隊員が既に恐怖におののき、他の隊員にしがみついてきたり、あるいは彼の自転車の制動を他の隊員がかける際、複雑な力学システムにおいて、救いの隊員がかえってミネコ隊員を転倒させてしまう結果になったりする可能性も否定できない。いずれにせよ安易に救出に走ることは、ミネコ隊員のみならず隊全体に甚大なダメージを及ぼす結果につながるのである。

 見守るしかなかった。だがそれは決して最上の手段ではなかった。いつまでも許されることではなかった。ミネコ隊員の自転車は更に加速度を増しつづけているのである。仮にこの場に「鋼鉄の野牛」が現れ突進してくれば、ミネコ隊員のみならず全員が粉みじんに吹き飛ばされる非情に危険な状況である。
 隊員たちは悲痛な面持ちで隊長の方をみる。隊長もジレンマに苦しめられ、無言になっている。
 それはヒデ口隊長が重大な決断を強いられる最初の試練でもあった!
 が、次の瞬間、ヒデ口隊長は首を軽く横にふった、それは一体どういう意味なのであろうか。

隊長「ミネコさん…」

 隊長は、小さくそうつぶやいた。隊長は我々がミネコ隊員を救うことは
もはや不可能と判断した。もはや不可避に陥ったミネコ隊員一人のダメージと隊全体のダメージを総合的に判断して、ミネコ隊員の運命の結末を彼自身に委ねることにしたのであった。一見あまりに冷酷で非情な決断にみえる。だが、大きな任務をもった我々が遂行しえるためには、時としてこういうつらい決断をせねばならないときがある。それは、まさに断腸の思いのヒデ口隊長からミネコ隊員にかけることの出来る精一杯の言葉であった。
 
11:17 消えたミネコ  隊の各人が、隊長の決断とそのつらい胸の内を感じ取り、運転しながらもうつむき加減になっていた。このままミネコ隊員に自ら転倒をしてもらい、せめて多少の擦り傷程度ですむことを、天に祈ることのみである。なんと人間という存在は小さく無力なものか。それでもミネコさんを鋼鉄の野牛の刃にかけるよりは、はるかにマシな選択である。
 だが、視線を上げた次の瞬間に異変がおこった。隊の誰一人もが、予想だししえなかったことが起こったのである!

 ミネコ隊員が消えた!!(ジャーン)

 つい先ほどまでほんの数十センチ先で暴走していた彼の姿が、忽然と消失した。誰もが自分の目を信じることは出来なかった。が、それは事実である。ミネコ隊員の姿はどこにもない…あれだけ荒れ狂った暴走自転車は幻であったのであろうか?それとも砂漠に現れるという蜃気楼のような大自然のいたずらに、この日本でこれだけ多くの隊員が同時に翻弄させられていたというのか?
 我々はとっさに制動をかける。鋼鉄のこすれるような音が、あたり一面に響き渡る。隊長は隊のメンバーの数を数え始めた…確かに隊長含めて5人、ミネコ隊員の姿はない。我々の下る坂はほぼ一本道である。すでに谷底の集落の影はだいぶ大きくなっており、道の端までみわたせる位置まで下っているのである。

 ミネコ隊員はひょっとしたら、加速度を増してかなり先を行ってしまったのか?だが前方にそれらしき影は確認できなかった。あるいはいつしか我々が彼を追い抜いてしまい、ミネコ隊員はかなり後方を走行しているのか?だが後方にもそれらしき影は確認できない。一体何が起こったというのであろうか?、
 
11:20 CM クリンビュー…油膜のギラギラ危険です、雨と車とクリンビュー♪
SOFT99…ワックワックSOFT99♪
レナウン…レナウンレナウンレナウン娘が、オシャレでシックなレナウン娘が、ワンサカワンサ♪
 
11:25 笑顔再び  ミネコ隊員が忽然と消え去り、我々は極度の混乱状態に陥っていた。想像だにできなかった状況に、ただ呆然とその場で立ち尽くすのみであった。だが少し後方で声がする。

シャカイ「隊長!」

 声をあげたのは、シャカイ隊員である。彼はミネコ隊員を囲んだ一段の最後部に位置し走行していた。他の隊員が、自転車をとめ状況把握と混乱のため立ち尽くしている間、彼は一人独自の調査にのりだしていた。そのシャカイ隊員が何かを発見したらしい。我々は急いでシャカイ隊員のそばに駆け寄った。

シャカイ「あれをみてください」


 シャカイ隊員は指差した先は田畑であった。多分集落土民の田畑であろう。坂の脇には大きく平らにがひろがっており、既に収穫期をすぎたいま、幾重にも積み重ねあげられたワラ山があちこちに点在していた。そしてその一つに、明らかに様子の異なるワラ山がある。他のものはいかにも山のように丁寧に積み上げられている、だが、その山は形が原型をとどめなていないほどに崩れ、ワラの一本一本が周囲に散乱していた。
 そのとき、ワラの中でうごめく何かをみつけた。手だ!手がワラの中で動いたのである。隊員たちはワラの中でうごめく物体を、固唾をのみつつ見守っていた。そう、まさしく彼であった!ワラの中から体を上げてきたのは、まさしく彼!こちらに向かって特徴のある満面の笑顔をむけている!
ピースサインだ!懐かしい笑顔、なつかしい仕草!ミネコ隊員なのである!!(バーン)
 
11:30 奇跡と出発  それはまさに奇跡としかいいようのない光景であった。あの、もはやどうしようもない状況において、誰一人彼を救うことに活路を見出せない状況において、ミネコ隊員はキズ一つ負うことなく我々の元に帰ってきた。

 きけば確かにミネコ隊員の自転車は、暴走の度合いを増していた。他の隊員たちは、彼の右側と後ろ側に詰め寄ってくる。それはなぜか?前方は当然である。彼の自転車は制動が全く利かない。そんなものの前に体を乗り出すのは無謀極まりないからである。では何故左側には隊員はこなかったのか?
 理由はこの坂の地形にあった。ミネコ隊員含む隊員達は、幅6mほどの急坂の左側に位置して走行していた。ところがこの坂左隣は、きりたった崖になっていて、その下に先のワラの点在する田畑が一面に広がっていたのである。つまり、左側からミネコ隊員を囲もうにも、それは物理的に不可能であった。
 同時に、右と後ろからの隊員による包囲は、彼にとり一種のプレッシャーになった。彼は制動の利かない中、プレッシャーを避けようと本能的にハンドルをきってしまった、当然、かなりの加速をたもったまま、ミネコ隊員は自転車もろとも崖下にダイビングしていったのである。あまりに一瞬のうちに起こったので、周囲の隊員にはミネコ隊員が忽然と消え去ったかのように感じられたのであった。
 そして奇跡はおこった。地面に激突すべくダイビングしたミネコ隊員の体も、また自転車も、たまたま収穫を終え無造作に積み上げられたワラ山のひとつに着地することになった。この季節で、このタイミングで、この角度で、この速度でないと場所はずれて当初の通り地面にたたきつけられたであろう。

 そしてこのことは更なる好結果を生むことになった。彼の自転車も原型を損傷することなく、制動が利かないことを覗けば十二分に走行は可能であった。つまりミネコ隊員はこのまま任務続行が可能になったのである!

隊長「では出発」

 ヒデ口隊長の掛け声とともに、隊は再び歩み始めた。あれほどの絶望的状況に陥りつつも、隊の誰一人傷つくことなく任務を続行できる。これは神がかり的な強運がついているとしか思えない、皆が自信と希望にあふれている。それは傍から見ても即座にわかるほど凛々しい行進であった。そして目指す水先案内人、ドジミ隊員と落ち合う場所は、目前に迫っていた!
 
11:45 荒野に到着  長く危険な急坂を降りきり、ふもとの集落に到着した我々は、一路ドジミ隊員との落ち合い場所に急行する。遠くで鉄の野牛が雄叫びをあげながら通過していくのがみてとれた。あのように巨大なものが、もう少し早く現れていたならば…我々はここにこうして立っていることは無かったであろう。再び自らの強運に感謝せざるを得なかった。

 先に目撃された自動車以外には、現地の土民の姿はとくに確認できなかった。今日は日曜日、現地土民にとっては唯一働かず、それまでの働く日々(六日間)を無事に過ごせたことを感謝し、あすからの労働の日々に活力をつける特別な日である。みな自分の家に入り込み、十分な感謝と静養をしているのかもしれない。不気味に集落は静まり返っていた。

 やがて、道は舗装されたものから、砂利岩を含みだし、道の様相を呈さないようになっていった。気が付けば我々は、荒野というべき野辺に佇んでいた。地面には砂砂利が広がり、所々に雑草らしきものしか生えていない。遠くの方に黄色い物体が見える、どうやらパワーショベルのようである。恐らくここは「瀬戸大橋プロジェクト」以前に開発が試みられ、都合よく中断され放置された新天地のなれの果てなのであろう。元は山岳地帯であったに違いない。だが残酷なまでの人間の開発力は一つの生命豊かな山を草木の生えない死の荒野に変転させてしまった。我々はここを通り抜ける風の音が、奇妙に心の中にも染み込む感触を覚えた。

果たしてドジミ隊員はこの地にいるのであろうか?
 
11:46 ドジミ隊員との合流  周りを見渡してみると、はるか向こうに切り立った崖がみえる。崖は集落土民が開発と称して切り裂いた山岳地域の断面であった。その崖のふもとに人影が見える。どうやらあれがドジミ隊員らしい。我々は急いで人影のもとにかけよった。

 それはやはりドジミ隊員であった。彼は我々の到着を今や遅しと待ちわびていたのである。



●ドジミ隊員(14)…
今回の任務目的の発案者である。この「天王部落」の集落土民でありながら、隊が発足したとき真っ先に探険素材の提案と依頼を隊長に申しでた。更に現地の水先案内人という危険な任務も自らかってでるほど本任務に積極的である。が、熱血漢ではなく非情にクールな性格を有し、行動は冷静沈着、しかも危険な山の活動における知識は隊員随一。本来原住民が恐ろしがって触れようともしない神秘の伝説にも、現代科学の調査の光を入れるべきであると考える理論派である。彼は本任務の遂行に無くてはならない知恵袋であり、彼の知識なくしては様々な窮地や決断を打開できないであろうことは想像に難くない。尚、現在において彼は隊のメンバーで唯一消息のしれないメンバーである。きっと豊富な知識をいかして適当な職についているにちがいない。
11:47 重要な提案  ドジミ隊員は開口一番、こういった。

ドジミ「おせーで」
隊長「すまない、ミネさんがピンチに陥っていたから」
ドジミ「あ、そう」


 ドジミ隊員は持ち前のクールな言葉を放つ。そして何かを指差した。その指の先には
アルコールランプが置いてあった。

 アルコールランプは既に点火されており、青白い炎が揺らめいている。ドジミ隊員は何を我々に伝えようとしているのであろうか?

ドジミ「飯くわれぇ、紅い狐と緑の狸どっちがええん?」

 さすがは冷静沈着のドジミ隊員である。目的地に今や迫り、はやる気持ちを抑えきれない隊員達を目の前にしてもポイントを外していない。今の隊員たちは食欲を忘れ、早く伝説と神秘のヴェールに挑むことで頭が一杯である。だがあえて彼は今後の為に食事を提案しているのであった。それはさながら長期戦を予言しているようにも受け止められた。
 知る由もない他の隊員達からは不満の声も上がる。先に現地に案内せよという要求が次々に起こった。しかしそれが長く規模の大きな任務を遂行するにいかに危険なことであるかということを、今身をもって我々に教えようとしているのである。

 我々人間は精神状態によって
アドレナリンというホルモンの一種が体内に分泌される。希望に燃えるとき、怒りに震えるとき、大きな安心を得るとき、苦しい戦いに活路が見出せたとき、本来の人間の感覚を一時的に麻痺させてでも目的遂行に没頭できる状態に持っていけるのである。
 だがそれは所詮は一時的な作用であり、遠からず限界を迎える。そのとき、人間は必要以上に気力体力を浪費した状態に陥り、それまで蓄積された疲労とあわせ、二度と立ち上がれず、最悪そのまま帰らぬ人になる。このような例は、先人の偉大な探検家においても枚挙に暇が無い。
 
食料は摂れるときにとっておく…彼はその基本的な鉄則を軽んじかける隊に警鐘を鳴らし、あえて「紅い狐」を食すことを我々に提案していた。
●アルコールランプ…
小中学校の理科の実験の時によく登場する小型加熱バーナー。無色透明なガラス瓶に入っており、これまた無色透明な液体が入れられている。この液体こそが燃料になるメタノールである。アルコールだと言って飲もうとする輩が少なからず登場するが、メタノールは飲んではいかん。目がつぶれる。隊員ではないがカズっつあんと言われる人物は小6の時、アルコールランプが学生服に燃え移ったことがあった。彼は並外れた運動神経の持ち主だったので、とっさに脱いで難を逃れた。その後、燃えた学生服は灰と化した訳ではなく、溶解して再び固まった。合成樹脂を原料にした化学繊維だからであろう。子供心に何か裏切られた気分になった。
12:10 議論勃発  我々はドジミ隊員から提供された食料「紅い狐」か「緑の狸」を食することにした。時計を確認すればすでに正午をすぎている。ドジミ隊員の提案なくば、このまま密林の奥地へと突撃を敢行し、全員空腹と疲労で、帰路に立つこともかなわなかったかもしれない。隠れた命の恩人とも言えるであろう。だが、我々がドジミ隊員のこういった判断力に真に気づき感謝をするのは、まだ先の話であった。

 我々は「紅い狐」か「緑の狸」のいずれかを各々が選択し、アルコールランプを駆使しつつ、摂取することにした。

 ほどなくしてである、隊のはずれから声がした。いや、声というよりは議論、いや激論、いやいや言い合いに近い…。隊員が目を向けてみると、なんと隊員どうしでもめているのである。一体何が起こったというのか!
●紅い狐と緑の狸…
マルちゃんから出ている即席そば。ラーメンではない。紅い狐はその名の通り狐ソバ、カップ一杯に広がるアゲが特徴である。緑の狸は狸ソバ。狸ソバの定義は地域によって異なり、文化的な特色を示す貴重な資料になりうるが、この場合は一番オーソドックスともいえるテンカスを採用している。だが実際問題紅い狐にもテンカスは相当量混入されており、緑の狸は一切アゲが入っていないことから紅い狐のほうが商品として完成度が高いといえよう。このラインナップはもともと紅い狐が単独販売され好評を受けて緑の狸を発売、二品体制を長年堅持してきた。とはいえ、マルちゃんも三品目を模索していたらしく、歴代黄色い博多ラーメン、黒いカレーソバなどをだしてみるも何れも不発に終わり、歴史から黙殺されている。
ちなみにこれに類する三品目不遇のパターンは他にも見受けられる。有名なところでは、菓子の
ヨーグレット&ハイレモンに続くナチュレット不発、キノコの山&タケノコの里に続くきこりの切り株不発など…
12:15 ピンチ!アゲ論争  議論を繰り広げていたのは、先ほど奇跡的な生還を果たしたミネコ隊員とシャカイ隊員であった。聞けばミネコ隊員はアゲが苦手で食せない。だがドジミ隊員が買い置いていた食料は、そのほとんどが紅い狐で緑の狸はごくわずかであった。どうもそれが原因のようである。以下に彼らの議論の一部を記すとする。

ミネコ「わえ、アゲ苦手なんじゃ。かえてくれ」

シャカイ「ばか者、緑の狸はこれが最後の一つだ。私が食す」

ミネコ「たのまぁ」

シャカイ「がまんせられぇ」

ミネコ「かえてや」

シャカイ「ええ手がある。ミネさんのアゲ、わしがたべてあげらぁ。それならアゲ食わんでえかろう」

ミネコ「いやじゃ」

 食料は言わずもがな、我々にとって最も重要な生命線である。時としてこのような論議が持ち上がることはしごく当然であった。ミネコ隊員の苦手なアゲをシャカイ隊員が引き受けるという提案も、ミネコ隊員はどうやら不服の意を表しているようである。アゲの分量が減ってしまうくらいなら、最初から緑の狸を食すというミネコ隊員の意気込みの表れである。隊員は全員が若干13から14歳、育ち盛りに彼らにとって、例えアゲ一枚でも栄養分は貴重なのである。彼らの議論は、ひいては危険な任務において自らの受け持ちを完璧にこなすという、いわば使命感と責任感の裏返しとも言えよう。
さすが我ら!

●シャカイ隊員(14)…
ヒデ口探検隊のサブリーダー的存在
。隊メンバーの特性を見抜き、即座にヒデ口隊長に個々の配置、役割を提案する。有事において隊長に代わり隊員に的確な指示を下す。最も隊長に近しい存在で、一筋縄では行かない面々の中にあって隊長に迫る優れたバランス感覚と判断力をもつ。また統括力だけでなく自身もずば抜けた行動力と柔軟な発想力をもつ。だが彼の最も特筆すべき点は飽くなき好奇心であろう。全ての事象に好奇と探求の念を燃やし、果敢に調査に挑む。たとえ如何に非効率的なことであっても、決して利己では行動しない。あくまで知的探究心を全うすべく行動するのである。この情熱なくして何を持って危険な任務に挑む原動たるというのか。隊長が「心」としたら、彼はヒデ口隊の「中軸」なのである。なお、後述に出てくるサラセ隊員と、かつてライバル関係にあり「骨付き肉勝負」で激闘を繰り広げたことは記憶に新しい。将来、京都で比叡山に山ごもりをしたり、モルモン経典を訳したり、父親の経営するデザイン会社の専務に就任したり、多忙な人生を送ることになる。
12:20 論争に終止符  とはいえ、このまま論議が白熱化して、隊員同士で諍いでもおきるのはまずい。隊の団結に決裂というヒビが入りかねない事態も起こりうる。みれば笑顔が売りのミネコ隊員でさえ…先ほどまで死の恐怖と闘いつつも微笑を忘れなかった彼でさえ、すでにその表情は曇り始めている。先述の通り、使命感の裏返しとはいえ容易ならざる事態を誘発する以上、隊長御自ら指示をすることもありえるのだ。隊長がついに一言呈さんと腰を持ち上げたとき、ミネコ、シャカイ両隊員の前に立ちはだかった一人の男の姿があった。それはタブン隊員であった。
 彼の登場によって、熱く激論を繰り広げてきた二人の目線がタブン隊員の方へと向けられた

タブン「ワエにまかせねぇ」

そう一言いうとおもむろにミネコ隊員の
赤い狐を鷲掴みにし、アゲを手でつまんであんぐりと口に放り込んだ

ミネコ「あ!」

 あまりに一瞬の出来事で、ミネコ隊員も驚愕の声を出すのが精一杯であった。だがタブン隊員の粛清はそれで終わらなかった。今度はシャカイ隊員の
緑の狸をひきとって、ガツガツとテンカスをほおばり始めた。

シャカイ「あ!」

 そう言うや、タブン隊員は食事をとめてこう口を開いた

タブン「ごちそうさま、うめかったよ」
●タブン隊員(13)…
そのスマートな容姿からは想像も出来ないが、メンバー随一のパワーを誇る猛者。その力は半端なく強力。全ての障害物をパワーでなぎ倒し隊の活路を開く。気合の入れ方に特徴があり、「ワエに任せねぇ」という腹の底から捻り出される決意の言葉が口から漏れ出でたら要注意である。彼の砕き去った障害物が、ものすごい勢いで飛散してくる。うっかり周囲に立とうものなら、飛散物に打ちひしがれ、思わぬダメージを被ることになりなねない。彼の作業中は最低半径5mは近づかないことが隊の鉄則である。いかな障害が待ち受けるか全く想像できない危険な任務において、彼の存在は不可欠である。またご多分に漏れず豪傑であり、食料の摂取の作法はきわめて豪快。「フン」という声とともに、一気に食料を体内に流し込む。傍ら、にんじんとグリーンピースが苦手で、給食に差し出されたスープ中に含まれるそれらのチップを窓から一粒ずつ放置しながら食したことが記憶に新しい。だが、探究心と頭脳にも非凡な才をもつ彼は、その後自分の投げ出でた給食の残骸を、一つ一つ探し当て力学の研究課題としていた。まさに文武両道を地で行く隊員である。将来はその才を生かして大工になる。彼の手がけた家々はきっとあらゆる面で豪快なのであろう。不意の事故で入院していた時も、せがれの頭を豪快にたたきながら、真の男の生き様を教育している姿に隊のメンバーは心を打たれたことを加えておく。
13:00 任務の確認  隊員たちの食料摂取は無事完了し、各々がいよいよ任務へ本格始動すべく準備に取り掛かっていた。あるものは地図を広げ現在位置の確認、あるものは命綱ともなるべく各グッズを再点検、あるものは周囲の様子を確認しにでかけるなど、余念がなかった。ここからは自転車はつかえない。徒歩で現地に挑むしかないのである。だが、いまだ我々には重要な情報が欠落していた。

任務の内容である。

 打ち合わせにおいて、この地のこの場でドジミ隊員と落ち合い、彼の手引きによって天王山における偉大な神秘に挑む…これがヒデ口隊長以下、メンバー全員の知り得る最上の情報なのである。いかなる神秘にチャレンジするのか、何が待ち受けているのか…我々は全ての事態を想定してあらゆるものを用意してきた。あとはドジミ隊員の口から、今回の任務と目的を聞き出すのみなのである。

ドジミ「では、お話しよう…」

 ドジミ隊員の口からいよいよ驚くべき神秘の伝説の全貌が明かされる!
(ジャーン)
 
13:03 CM AC…ちょっとお報せ、…「先公くたばれ!」AC♪
マルダイハンバーグ…ハイリハイリウェハイリホー♪
VICTOR…ビデオはビクタァ、4ヘッドっ♪
 
13:10 荒野の天王山  ドジミ隊員は、持ち前の冷静さで淡々と我々に語り始めた。それは隊のメンバーに、この上ないスケールの大きさと、この上ない好奇心と、この上ない使命感と、そしてこの上ない恐怖を感じさせるのに十分なものであった。

 ここ天王山はつい最近まで、低高度山岳地帯「天王部落」の中心に位置し、その高度の低さの割には種々の樹木がおいしげり、また独自の湿気と雨量の多さから、さながらジャングルの様相を呈していた。原住民(集落土民)の数も少なく、ごく一部に田畑が開墾されていることを除けばほとんどは草木の覆い茂る密林で、原住民も長いこと深層部まで足を踏み入れることは無かったのだという。
 だが、国家の推進する瀬戸大橋計画が実行されて事態が一変した。この天王山の一部に、線路橋脚部を設けることになったのである。それが現地に通達されてからというもの連日のように工事車両がこの地に踏み入り、田畑を崩し山を削っていった。信じられないことであるが、今隊のメンバーが立つこの荒野も、プロジェクト発足の5年前までは山の深層部に位置し、誰一人足を踏み入れるに及ばない場所であったのだある。それが草木も生えない荒野の跡地として、寒風吹き荒れるさながら西部劇のような様に変わり果てたのである。
 
13:30 謎の洞窟の出現  ドジミ隊員の話は続く

 異変はそれだけにとどまらなかった。木々をなぎ倒し、山々を削り、深層部のよろいを剥ぎ取っていった結果、とてつもないものが発見されたのである。

それはなんと巨大洞窟であった!(ジャーン)

 いつごろ出来上がったものかは分からない。第一に発見した作業員の話では、いつものように作業を終え定時に現場を離れ帰路についた。彼は普段、工事道をまっすぐに下り滞在している民宿に足を運ぶのが日課であったが、その日はなんとなく下半身に違和感を覚え、近くの場所で所要をこなすことにしたという。一時的に工事道からそれた箇所へと入ることにした。つい最近まで山の最深層部であった場所である。切り崩した場所はたしかに草木のない荒野ではあるが、すこし道を外れれば未だ草木の多い茂る山間部であることを再認識させられることは言うまでも無い。
 作業員は少し深く入りすぎたようである。日も暮れかかっており、当たりは既に明かり無しには足元の状態を判断するのが難しい状況になっていた。何かに足をとられ、作業員は転倒した。が、彼がその時に目にしたものは、暗黒の大きな空間であった。洞窟である!それは人間が四つんばいになってやっと入れるぐらいの高さしかなく、転倒して目線が低くなることによってはじめて確認できる代物であった。
 本来、人間の入るべくも無い場所に、発見されるべくも無い位置にあった巨大洞窟が、人間の目に触れることになったのである。

 だが一つの疑問が残る。四つんばいになってやっと中へと進入できるほどの大きさが果たして巨大洞窟と呼べるのであろうか?それは当時の作業員が
暗黒の空間の奥底からひんやりとする湿った空気の流れを感じたという証言から、相当奥深く続いているものと予想されたからである。
 
13:45 神秘の伝説  この洞窟発見の騒動は今から5年前の話である。当時の集落土民に間では一大議論の的となった。原住民の大半はその洞窟の存在に恐怖を感じ、封印してしまうよう訴えた。だが、同時に様々な憶測がその頃から流れ出るようになったのも事実である。神の住む祠だという者もあれば、凶暴な巨大野獣の巣だという者もいた。結局その洞窟の正体を調査することなく、大半の土民の要求どおり封印がなされ、以来集落の中では「天王山の洞窟」について語ることは禁じられるようになった。やがてその話題も徐々に色あせ、今日にいたる。

 だが、当時若干8歳のドジミ隊員はこの洞窟に飽くなき好奇心を抱きつづけていた。とはいえ行動を起こすには、装備も年齢も環境も体力も何もかもが不足していた。ドジミ隊員は静かにチャンスを待つ。彼が5年という長い期間、この熱意を保ちつづけることが出来たのは、ひとえに「長老」の語った伝説が忘れられないためであるという。

 「天王部落」の長老は当時の洞窟を指して、こういった。あの洞窟は神の祠でも、巨大野獣の巣でもない…はるか40年以上も昔に集落の衆があの洞窟を住処として利用していた…。
つまりかつて人間の手によって形成され利用されたものであるというのだ。しかし、開発の手が入る今に至るまで誰一人近づかなかったこの天王山の最深部に何ゆえ人間が、それも地元の民が巨大洞窟などを作り、利用する必要があったのであろうか?
 長老は、その質問に対して明確な回答はしなかった。ただ一言「
あの洞窟は出口がある。県道の下をくぐり、全く別の場所につなげたと当時の長がもらしていた」とコメントしたにとどまった。ドジミ隊員は、その時の長老の一言が今も鮮明に頭に残っているという。入り口だけでなく、地下道としてはるか別の場所に通じている…この真実を明かしたい。彼が5年という長い歳月、静かに執念の炎を燃やしてこれた理由は、まさに神秘のヴェールに覆い隠された巨大な謎であった!
 
14:00 二手に別れよ  ドジミ隊員からあらかたの情報を聞いた我々。

 目指すべきものが巨大洞窟であり、それがともすれば一大地下通路になっており、全く別の場所へと出てくる。

 今回の我々の任務はこの真実を究明することである。仮に「長老」の話が真実だとすれば、県道の下をくぐっているということになる。この場所から集落に唯一存在する県道までは直線距離でみても200mはゆうにある。それをくぐって尚、どこかにある出口に通じるというのだから、一大地下通路がこの大地の下に人知れず存在している。まさに世紀の発見である。

 想像以上のスケールの大きさに、俄然闘志を燃やし始める隊員たち。表情が、そして目の輝きが、先ほどまでと全く違うことが誰の目にも明らかに映った。すぐさまにでも現地にかけつけ行動を開始したいところであるが、隊長は逆にそのスケールの大きさから更なる準備の必要性を認識し、命令を下した。

隊長「まずは、下調べだ。二手に分かれよう。私とミネさん、それにサラセ隊員は私と一緒に「長老」を訪ねてみよう。その他の者はドジミ隊員に、現地へ案内してもらってくれ。まずは現地調査から。」

 隊長はドジミ隊員から、「長老」宅の大体の位置を聞き出し、移動を開始した。またドジミ隊員以下4名の隊も、神秘の洞窟へと移動をしはじめた。いよいよ行動開始である。彼らを待つものは一体何か?
 
14:10
ヒデ口班
長老をもとめて  隊長と2名の隊員は、長老を求めて、町の外れへと移動していた。本来ならドジミ隊員の先導の下、現地に赴きすぐにでも洞窟の中に入って調査を開始したいところではあるが、仮に集落の原住民によって作られ運用され、あまつさえ何処かとつながっているという話が本当であるならば、その真実をまず確かめておかなければ、我々はあるいは洞窟内で思わぬハプニングに出くわすことになるかもしれない。それがもし生還できざる結果に終わってしまう重大なものであるとも限らない、ゆえに出来るだけ情報を仕入れておくことが、今回のような大掛かりな任務での鉄則である。

 だがなぜか長老の家はなかなか現れなかった。ドジミ隊員の記憶によると苗字を「東原」と言うことが判明している。だが5年前の原住民の「部落会議」以来ドジミ隊員は長老とあっておらず、またその住所もかなりあいまいになっているのだ。とはいえ決して人口が多いとはいえないこの「天王部落」において、東原姓の家はひとつしかないはずだとドジミ隊員は断言する。すればこの苗字を頼りに探せば、大体の住所でも十分に探索可能っであることは周知のとおりである。探索範囲には、原住民の住家はそう数がない。全ての家々の表札を見て回った…しかしついに「東原」姓の家を発見できなかった。
 
14:10
シャカイ班
現地に到着  ドジミ隊員を先頭に、シャカイ隊員を含む4名の隊員は、現地に向かって歩を進めていた。つい先刻まで立っていた荒野とは打って変わり、草やシダ、コケの生い茂る密林の中を前進しているといった表現が適しているだろう。これらの植物は微妙に湿り気を帯び、時折滑って、隊員のバランスを著しく損なわせる。少しでも気を抜けば、そのまま足をすくわれて斜面の奈落の底へと転げ落ちてしまう。そうなれば、救出は非常に困難で下手をすればその勢いをうけて他の隊員まで巻き込む大事故に発展する恐れさえある。隊員たちは一歩一歩を細心の注意を払いながら進んでいくしかない。まさに道無き道を歩んでいた。

ドジミ「この辺なんじゃけどな…」

 ドジミ隊員の歩行がとまった。彼は周囲をい見渡しながら、当時の記憶とすり合わせながら風景を検証している。だがそこには覆い被さるように林立している巨大な樹木や、大地の地表をまるで外部に見られることを拒むように包み込んでいる雑草の類を除いては、これといって洞窟のようなものは見ることが出来なかった。

シャカイ「記憶違いじゃねぇん?」
ドジミ「いや、確かにここじゃ」


 ドジミ隊員は断言する。他の隊員たちも周囲を注意深く見渡すが、やはり洞窟のようなものは確認できない。もしかしたらかつての集落土民たちは神秘の伝説を恐れるあまり、洞窟を埋め尽くし歴史の闇に葬り去ってしまったのではないだろうか?ここまできて洞窟が発見できないでは一体何のために数々の危険な場面を潜り抜けて、ここまでやってきたのであろうか?隊員たちは最悪の事態を予想するも声には出さず、周囲を散策し始めた。
 
14:15
ヒデ口班
謎の館  いくら探しても東原の姓を名乗る家は見つけることが出来なかった。今ごろはシャカイ班が謎の洞窟に到着している頃に違いない。だが、この洞窟にまつわる事実を少しでも手に入れないうちに、潜入を試みるのは無謀極まりないことである。シャカイ班には勇猛果敢なタブン隊員、そして猪突猛進のナンバ隊員がいる。この二人に火がついてしまったら、シャカイ隊員とドジミ隊員の二人では抑えきれまい。それまでになんとか長老に出会って情報を手に入れたい、ヒデ口隊長の顔にもあせりの色が見え出した。その時、隊員の一人サラセ隊員が声をあげた。

サラセ「隊長!ここに表札の無い家があります」

 なんと確かに表札のかかっていない、それも一見、長年人気のなさそうな家がたたずんでいた。ここは一体…誰もが脳裏に浮かんだ状況が一致する。だがそれはあまりに恐ろしいものであるので、口に出して言えずにいた。次の瞬間!サラセ隊員が塀にとびついた。なんとこの館へ侵入を試みようというのである!

ヒデ口「まてい!」
サラセ「行かせてください!」
ミネコ「まあまちねぇ!」


 隊長とミネコ隊員は必死でサラセ隊員の足を掴む。考えてみれば、この館は表札がかかっていないだけで、家屋敷は何もキズがついていない状況である。もしかすると名も無き原住民の居城かもしれない。そうなればみだりに潜入することはかえって危険を伴う。仮に潜入を強行し、原住民に見つかった場合、侵入者として我々の生命は保証の限りではなくなってしまう。真実を追究するとはいえ、安易に行動することだけは断じて避けなければならなかった。

 だが、サラセ隊員の使命感は思いのほか強く、静止を振り切ろうと壁から手を離さなかった。危険な賭けを今はすべきときではない、隊長とミネコ隊員は必死にサラセ隊員の説得を行っていた。だが次の瞬間、事態は更に悪化の危機に瀕することになる!
(ジャーン)
●サラセ隊員(14)…
隊一の逆転発想の持ち主である
。つねに様々な角度から物事にアプローチするその心意気は、時に行き詰まった状況に一条の光を与えてくれる場面もあろう。が、それは一歩間違えれば常識的な判断を誤り、隊の行く末を危機状態に導く諸刃の剣のごとき性質も秘めている。さらに熟考する前に行動が先にくる行動派。ただし、先述のタブン隊員、後述のナンバ隊員のように目前の障害削除に果敢にチャレンジする行動派とは少しちがい、あくまで斜めの視線から行動するため、結果が吉となるか凶となるか周囲含め当人すら予想もつかぬまま飛び出す危険性を内包する。とはいえ、使命感と柔軟性と行動力、いびつではあるが全て揃っており、扱う側の力量で、この上ない武器にもなる。反面、この上ない自爆装置に変貌を遂げてしまうだろう
14:20
シャカイ班
散策  シャカイ班は更に二手に別れて、周囲を散策しつづけていた。まだ昼過ぎの時間とはいえ、今の季節は冬…この時間になればうっすらと太陽の光にも赤みが差し込んでくる。あと1時間もすれば周囲の温度は急激に下がり、山間部にいるシャカイ班たちのそれは、都市部とは比べ物にもならない。効率よく任務の遂行を行うためには、なんとしてもここで無駄な時間を費やすわけにはいかなかった。

ヒデ口隊長が、長老から情報を得てくるまでには、発見しなければ…

 隊の面々は必死に探し回る。だが無制限に捜索範囲を広げるわけにはいかない。そんなことをすれば、山間部の奥深くにはまり込み連絡がつかなくなってしまい、遭難の憂き目にあってしまうであろう。ともすれば5年前にみたきりこの地を訪れていないという、いささか不確かなドジミ隊員の記憶力に頼らざるを得なかった。肝腎のドジミ隊員は「確かにこの辺り」を連呼するばかりである。一体洞窟はどこにいってしまったというのか?

ドジミ「埋めたかもしれん。」

 ドジミ隊員の不吉な言葉が隊の面々の心に突き刺さる。不吉の印として土民達が二度と立ち入ることの無きよう封印をしてしまったかもしれないというのだ。だが、その可能性を一心に否定しつつ我々は散策に勤しんだ。その時である

ドジミ「そうじゃ、田んぼじゃ!」

 ドジミ隊員は何かを思い出した。彼の話はこうである。洞窟に近づいたとき、そのすぐ後ろ側に集落土民の農耕地があったという。我々はまず農耕地を探し回ることにした。しばらくして、下方から声がする。タブン隊員の声である。

タブン「田んぼじゃ!」

 シャカイ隊員以下3名は声のするほうに駆け下りた。果たして洞窟は発見されたのであろうか!
 
14:25 CM ニッポンハム…1たす1は2か3かぁ、イマジネーションピタゴラス♪
午前味噌…揖屋のかずら橋ゃユラユぅウオイの午前みそ♪
ほんころもち…ひぃふぅみぃよぉいつのまに♪
 
14:30
ヒデ口班
住民襲来! 「何しよんで」

 原住民家への潜入を試みようと、塀を強行突破しようとしているサラセ隊員を必死に止めているヒデ口隊長とミネコ隊員。なんとか塀から引き摺り下ろすことに成功はしたものの、サラセ隊員は再び敢行しようと手を塀にさし伸ばしていた。
 そんな矢先になんと館の主が正面の門構えより現れ出でたのである!
(ジャーン)

 これはある意味において最大の危機を幸運にも回避できたことを示していた。つまり、この館は無人ではなかった。このまま潜入を敢行してしまえば、我々は一撃の下に発見・捕獲され、果たして血祭りにあげられていたであろう。とはいえ完全に危機が去ったわけでは決して無い。今まさに壁をよじ登らんとするサラセ隊員の不自然な姿勢を、館の主に目撃されてしまったのである。館の主は何も言わずこちらに視線をあたえている。このまま我々は進入を企てる不穏分子として捕らえられるかもしれない。そうなれば待ち受ける運命は潜入敢行した場合と何も変わらない…すなわち「死」あるのみである。

 だが次の瞬間全く意外な展開が待ち構えていた。
 
14:35
ヒデ口班
長老は永久に サラセ「東原さんという家はどこかのぉ?」

 つい今しがたまで塀をよじ登り不当に潜入を図ろうとしたサラセ隊員が、あろうことか前へ歩み寄り果敢に主に質問を浴びせた。あまりに予想外な行動にヒデ口隊長もミネコ隊員もサラセ隊員を止めることさえ出来なかった。
 
だが想像してみてほしい。外が何だか騒がしいと出て行ってみたら、見ず知らずの連中が我が家の塀を突破しようとしていた。更に何事も無かったかのように平気な面持ちで質問を浴びせられて、冷静に対応する者がいると思われるであろうか?
 その答えを予想しえた隊長とミネコ隊員の顔色は、さすがにあせりと終焉の時を覚悟せざるを得ない気持ちで、青ざめていた。サラセ隊員はおくびにも焦燥の色をだしてはいない。いや、考えが及んでいないだけなのかもしれない。
 だが、我々を待ち受けたの運命の展開は更に予想を越えたものであった!

「ここじゃけど、もう、じいちゃんは死んでおらんわ」(ジャーン)

 なんとあまりに冷静な態度で館の主は答えた。そして長老と呼ばれる人物は既にこの世になく、表札も撤去されてしまっている事実が我々を更なる驚嘆の淵へと引きずり込んだのであった。
 
14:35
シャカイ班
洞窟発見?  確かにそこは集落から大きく外れた場所に位置した田んぼであった。さほど広大とはいえず、恐らくは集落土民の一部の人間だけが開墾し、ひっそりとはぐくんでいるのであろう。もしかすると集落の掟に触れることを避けた「隠し」財産なのかもしれない。だがそれだけに我々はこの場所に対して手がかりを感じずにはいられなかった。ドジミ隊員の反応も極めて大きい.

ドジミ「ここじゃここじゃ、まちがいねぇ」

 ドジミ隊員の反応と興奮をもってしてなお、周囲に大洞窟らしいものは見当たらない。やはり土民達の手によって葬られてしまったというのか?それともそんな洞窟は、単なる言い伝えの域を脱さないものに過ぎなかったというのであろうか?
そのとき、シャカイ隊員が叫ぶ。

シャカイ「元々、こけたから見つかったんじゃろ?ぼっけぇ低ぃとこあるんじゃねんか」

 それを聞いた一同は、思わず「
おお」という感嘆の声をあげるのであった。さすがは隊長代行と言われるだけはある。

 姿勢を低くして我々は周囲を改めて見回す。すると、妙に冷やかな風が流れ出す草村に気づくのにさして時間はかからなかった。草村の奥は、まだ日が高いというのに異様に暗黒な影が落とし込まれているようにおもえた。
 
14:42
シャカイ班
立ちはだかる壁 シャカイ「あれじゃねんぇんか」
ドジミ「よう覚えとらん」

 草村を指差してドジミ隊員とシャカイ隊員の会話が飛ぶ。しかし確かめようにも奥は何故か樹木が何層にも横倒しにされており、これ以上の前進は困難であった。まるで我々の発見と進入を拒むように樹木は横たわっている。これは何を意味するのであろう?すなわち集落土民が謎の洞窟を封印した跡といえるのではないだろうか?だがこの幾重にも折り重なった大木群を撤去するには相当の労力と時間を要するに違いない。

ドジミ「チェンソーもってこようか」
シャカイ「ひきかえさねばいけんのう」


二人が議論を交わしている背後で、一際大きな声がした。

「わぇらにまかせねぇ!」

声の主はタブン隊員とナンバ隊員であった。そう言い放つや豪放無比をほこるこの二人は、
団結して樹木に襲い掛かった!
 
14:40
ヒデ口班
長老の遺言  館から現れたのは、長老の息子であった。が、訳合って数年前から他の地へ働きに出て行っているという。長老はつい最近その天寿を全うし、この館が無人と化したので早速売却にだすべく表札を外したのであった。このあたりにも「天王部落」の農耕民族ゆえの生活の苦しさというものが端的に現れている。
 だが、我々には感傷に浸っている時間はない。この男から長老の知識を手に入れられるかもしれない。早速この男に謎の大洞窟にまつわる伝説を訊ねてみることにした。幸いなことに男には我々の使う言葉が通じたようだ。今にして思えば長老レベルになると、通訳が必要になる可能性はかなり高く、それゆえ交渉が難航する恐れも多分にあった。むしろ事態は幸いしたのかもしれない。

隊長「5年前に見つかった、洞窟の話をききたい」
男「わしは10年前から外にいっとるから、ようわからんのぅ。じゃけど…」


男は続ける。

男「じいさんの話じゃと、戦争時代に、町の人間が全員入れるだけの大きい洞窟作ったいうのはきいたことあるで」

隊長「それは県道の下をくぐって、全く別の場所にでれるのか?」

男「入ったことねぇから知らん。」

 これが男から聞きだせる情報の全てであった。情報からいわゆる「
防空壕」の可能性が出てきた。40年前の大戦争、この地にも敵機から雨あられのごとく爆雷が降り注がれたのだという。その衝撃から逃れるために、未だ農耕民族として栄え人口も数倍いたという「天王部落」の部落民全てを収容したとなると、その規模は予想も出来ない「大防空壕」である。何日もその中で過ごした者もいるというのであるから、相当に奥深くなければ難しいであろう。
 仮にそれが真実なら、地下道を切り開いて全く別の場所に逃げ出でるための一大地下通路であるという長老の伝説にも納得がいく。少なくとも巨大野獣の住処であるという可能性は薄くなった。

●防空壕…
1945年に終結した第二次世界大戦時下中で開発された、本土決戦用の人民防護シェルター。雨あられのように降り注がれる爆雷の数々から緊急避難するのに多用された。主に山の斜面を掘り崩してつくられる。神社仏閣への階段脇の斜面におもむろに深い穴があいていたら、ほぼ間違いなくそれであるといっていい。現在においてはケロヨンのイスとか、古い冷蔵庫とか、産業廃棄物の投下場にその身を窶していることが多い
14:50
ヒデ口班
危険への出発
 だが果たしてその洞窟内が安全か否かを断定するにはまだ及ばなかった。当時、何日もその中で閉じ込められたのなら戦時下にあって負傷者もでよう、更には死人の出現も否定は出来ない。そういった無念の魂が洞窟内にくぐもっているかも知れず、5年前に中を確認せずにそのまま封印したとなると最悪当時の屍をそのままにしてあるのかもしれないのだ。いずれにせよ中を確認しないことには、洞窟の真実は暴かれることは無い。そして任務に絶対安全ということはありえないのである。

隊長「ゆこう」

 新たな情報と、新たな危険をしりつつも、隊長の任務にかける姿勢には揺らぎの色はなかった。我々は必死に探索を続けているであろうシャカイ隊と合流すべく、長老の「廃墟」を後にした。果たしてシャカイ隊は洞窟を見つけ出しているのであろうか?
 
14:45
シャカイ班
連携プレー ふん!ふん!
うぃー!うぃー!

 二人の気合の声が木霊する。タブン隊員が樹木を一本引きずり出すごとに、ナンバ隊員が樹木の幹を掴んで、砕き折る。伐採され長年放置された樹木にナンバ隊員のパワーをすれば、それは決して不可能なことではなかった。木片と化した塊をシャカイ、ドジミ両隊員が外へと引きずり出す。見事な連携作業が展開されていた。一本、また一本と轟音とともに横たわる樹木は粉微塵に処理され撤去されていった。

 この人選は大正解であったといずれの隊員も心を安堵させていた。隊を二つに分けたときに何れの班にも不測の事態が考えられる。そうしたときに一名ずつパワー型の隊員を任命させるのが無難な策であった。だが隊長はあえてそうはせず、洞窟の封印を説くには二人の巨大なパワーをあわさなければ難しいかも知れないという判断の下、両雄をシャカイ班に配属させたのである。

 タブン隊員一人では、この量を前にしても大善戦することは想像に難くないが、万一のスタミナ切れもありえる。だがナンバ隊員のサポートで二人の効果は
200%以上に発揮されている。また分担もよかった。パワーの性質である。タブン隊員のパワーは押す引くの直線パワー、対してナンバ隊員のパワーは抱え込んで砕く、掴んで引きずるという挟み込みタイプのパワー。この連携が樹木を引きずり出しては粉みじんに破壊するという一連の撤去作業に更に拍車をかけた。

 結果見る見る内に樹木は撤去されて、輪郭が徐々に浮き彫りにされていく。

 そしてついに謎の大洞窟は姿をあらわした!(バーン)
●ナンバ隊員(13)…
タブン隊員と互角以上の猛者。直線的なタブン隊員のパワー性質に比べ、掴んでは砕き去るという挟み込みのパワーを得意とする。同様にへし折る、引き裂く、砕き散らすといった破壊撤去に特化したパワーが心強い。だが外見はタブン隊員よろしくスマートで身長も小柄。好きなプロレス技はキャメルクラッチである。彼の調子は掛け声で判別できる。「ウィー!」といいながら作業に取り掛かるときは絶好調の印である。「リュリュウ」とか「ルルルー」とか言う言葉の時もすこぶる調子はよい。逆に「フヌヌン」と発声し始めたら「スタミナ切れ」を心配しなければならない。豪放だがつねに口から「るるるるるん」と即席のミュージックを流しては隊のムードを和ませる。ミネコ隊員の「笑顔」に通じるものがある。タブン隊員とともに守護神として絶対必要な人物である。また「児島地区」での一大産業「ナンバセンコーグループ」の御曹司ということで、交友関係も他の隊員と比べ物にならないくらいに広く物資的協力には暇を惜しまない。戦力的にも支援的にもあらゆる面で隊にとって最重要人物の一人である。現在は「グループ」をついで立派な総裁の任を賄っている。
15:00 シャカイ班との合流 まさに覆い隠すヴェールが取り除かれ、大洞窟が恐るべき姿をあらわにした直後、一際大きな声がした。

隊長「ごくろう!」

 ヒデ口隊長以下3名が生還してきた。いまここに隊全員が謎の大洞窟の前に総結集した。

 それは、まるで人間の口のような形状をしていた。膝高から下に位置し、高さはさほど、というよりほとんどない。70センチほどしかなく、ただしゃがんだだけでは潜入することは不可能。ホフク前進に近いような姿勢で入り込むしかない。そのかわり横幅は2メートル弱ある。まさに侵入者たる者を飲み込んだまま、生還させないと地獄の魔獣の口という形容がぴったりな、そんな一種神がかった雰囲気をもつ洞窟であった。
 だが、仮に長老の息子から聞いた話が本当だとすると、入り口の異様な形状とは裏腹に、多くの人間がこの中で短期間の間とはいえ立ち、座り、生活さえしていたというのであるから、奥に行けば恐ろしいまでの空間が拡がっているのかもしれない。
 いずれにせよ、潜入を試みないことには、
頭脳でいくら考えてもこの神秘のヴェールの奥底を垣間見ることはできないのだ。
 
15:10 潜入  隊長は、おもむろにザイルを肩にかけ、無言でドジミ隊員を指差した。
 入り口は高さこそ無いが横には広い、最初は這って潜入せねばならないかもしれないが、二人なら並んで同時潜入も可能である。こういう場合、一人で行動するのは非情な危険がともなう。中の異変を少なくとも一人が外の人間に報告するという重大な任もあるのだ。その相棒にヒデ口隊長は沈着冷静なドジミ隊員を指名した。
 地の利もあり、一度でも目撃したことのあるドジミ隊員。さらに彼の的確な判断力が、万一不測の事態に陥ったとしても最適なとサポートをしてくれるとふんだ、ヒデ口隊長の信頼の表れであった。

 隊長とドジミ隊員は腰にしっかりとザイルを巻きつけ、その端を外部で待機する隊員にあずけた。万一の場合の命綱である。

隊長「いこう」

 隊長は静かに言い放った。こんなとき、隊の気持ちは皆同じである。初めて目の当たりにする洞窟への緊張と憧れと不安と期待、さらに先発潜入隊の安全への祈願と祈り…様々な気持ちがない交ぜになっていて、非情に複雑でナイーブな心持である。そんな場面に
「気合一閃なかけ声」などは必要ない。静かな一言こそが、隊員の闘志に対して静かに油を注いでくれるのである。

 そして二人は、地面に突っ伏して、ホフク前進の姿勢をとった。やがてゆっくりと動き出し一歩一歩確実に洞窟の中に体を隠していく。さながら舌を出しながら獲物を狙いつつ、ゆっくりと距離を詰めるトカゲのようという形容が良く似合う光景である。

 が、二人が洞窟の中に潜入開始して、はや30秒後全く予想だにしないことが起こった!
(ジャーン)
 
15:20 恐るべき光景 「む、これは!」
「隊長!」

 洞窟の中より、そんな声が聞こえてきた。何かおこったのであろうか!外からは全く様子が伺えない。とにかく手遅れにならないうちに救出せねばならない!待機している隊員たちは半ば反射的にザイルを懇親の力を込めて引っ張った。

「イテ、イテ、イテ!やめ、やめ、やめ!」
「アホ、アホ、アホ」


 救出に全力を尽くす隊員たちの意に反して、中から響いてくる隊長とドジミ隊員の言葉は意外なものであった。声だけ聞けば二人の命に別状はないようである。我々はとりあえずはザイルを引く力を緩め様子を見ることにした。やがて二人はノソノソとホフク後退しながら出てきた。
どうやら中ではUターンは不可能らしい。

シャカイ「何かありましたか!?」
隊長「とにかくライト」


 隊長は隊で一番大きな電灯を外から照らし、中の様子をうかがった。当然、隊の面々も従う。すると信じられない光景が隊員たちの眼に飛び込んできた!
(ジャーン)

 なんと、入って2mくらいの場所に、びっしりと白い何か袋のようなものが敷き詰められており、人間に潜入を阻んでいる!それも規則正しく配列されており、
明らかに人為的になされたことを物語っていた。

サラセ「あれはなんでぇ」
隊長「砂袋じゃ、土嚢じゃ」


 ドジミ隊員の予想が見事に的中してしまった。5年前に発見されたとき、このことをタブー扱いさせようという動きがあり、洞窟を進入禁止にさせてしまうよう過激な提案も飛び交った。当時の土民達は実行したのである。この洞窟を永久に歴史の闇に封殺するべく、砂袋をしきつめ更には外部から判らないように樹木を横倒しにして封印してしまったのであろう。
 
15:30 夕陽に向かって  とにかく、この数量の砂袋の壁が阻んでいては、どうすることも出来ない。なんとか撤去できないかと、今度はタブン&ナンバ両隊員が潜入を試みた。彼らのパワーをもってすれば、恐らくはこの障害も解決できるに違いない。

 …が、それは儚い希望的観測に終わった。

 しばらく
「フン、ヌン」「うぃ!うぃ!」という特有の奮闘する声も聞かれたが、やがて彼らでさえも無言で外に戻ってきた…

ナンバ「歯がたたん」
タブン「わぇ、今日はつかれた…」


 無理も無い。洞窟を覆い尽くす巨木郡を全撤去して、間髪いれずに尚この砂袋である。両隊員のスタミナも限界に近い。そして彼らが手におえないということは、即ち今現在、
隊においてこの障害を排除する手立ては皆無であることを示している。
 見れば既に太陽は赤みを一層濃く帯びている。その上ここは奥深い山岳地帯。日没は平野と比べても早い。温度も信じられないくらい早くそして大きく低下する。そのギリギリの時刻がいまである。現時点において手立てを失った我々が、策も無く長時間ここに滞在することに危険以外の得られるメリットは何も無いといってもいいだろう。
 とりえず、集落土民がこの洞窟をみつけて我々にあらぬ警戒をもつような事態は避けねばならない。我々は最低限のカモフラージュを洞窟に施し、来週再チャレンジをするべく、この地を後にした。

 帰途につく隊のメンバーの正面に、まさに地平線に沈まんとする真紅に染めあがった太陽が立ちはだかる。うすらまぶしい光線に目をほそめつつ、我々の志は「洞窟への強行潜入」という大きな使命に対して、太陽にも負けぬくらい強く真っ赤に燃え上がっていた!!

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