想い出の欽ちゃん
最終回 欽は永遠に!

綿密なシナリオ、妥協のない演出、壮大なセット。完璧なまでに死角のない作品に仕上げるためにかかる労力たるや、口に出すのもはばかれるほどの甚大なものであった。が、しかし我々を支えるモノは気力である。体力は底をつきようとも、気力は底をうつことを知らない。時間の許す限り、我々は練習を繰り返した。

「こんなもんじゃろうが」
「だめじゃあ」
「炎の役をするやつはこんな格好じゃろう」
「もちょっと、はでな方がええんじゃねんか」

そして、いつしか出場者四人の誰もが一つの答えを同じくするまでに至っていた。
忍者に匹敵する出来じゃ
そう、我々の目標は忍者…そしてそれに匹敵すると自負が出来る程なのである、すごくないワケがない。…が!ここにきて全く予想だにしない障害が襲いかかってきた!担当隊員のS井が青い顔をしてこういった。

「わし、昨日電話したんじゃ」
「どうじゃった」

すると、その隊員はしばらく無言でいたかと思うと、こうつぶやいた。

「S井サン申し訳ありませんが、予選応募は締め切らせていただきました

あまりに妥協を許さない作品づくりのため、すっかり締め切り期日を忘れてしまっていたらしい。

「どうするんなら!」

轟々たる非難が担当隊員にあびせられる。

「ワシラのこの一月はなんじゃったんなら」
「まあ、まてい!」
「締め切られたらおしまいじゃねえか!」
「おちつけい!!」

隊員は叫ぶ。

「締め切られたのは四国予選じゃ、中国予選はまだ締め切ってない」

説明を加えると、現地岡山県から一番近い予選会場は四国大会の開かれる高松市なのである。その四国大会は締め切られたが、本来の地元予選である中国大会にはまだ間に合うというのである。ところが…

「中国大会いうてどこですんなら」
「それがのう、山口県下関じゃあ」
むう!

高松が来るまで二時間でつくのに対し、下関はゆうに五時間はみねばならない。隊員たちのうなり声も無理はなかった。しかし、これほど大がかりな作品をつくった手前、すでにひっこみがつかなくなってしまっていた。

「いくで、下関!」

なかば無理矢理、我々は出発した!
セットが大型なのと出場人数が大勢にわたるという事情のため、大型車二台をチャーターしてまで下関に発った我々は、車酔いや腰の激痛を訴えながらもなんとか現地に到着。例のごとく予選会場となる放送局のスタジオに潜入した。待合室にて他の出場者の面々をみるが、今回の我々の作品を鑑みるに誰もが雑魚同然にうつって仕方がなかった。

「みよれよ、おめえら」

出場者四人はもう勝ったつもりでほくそえんでいた。一人は山伏のような格好の「達人」に、一人は顔を真っ赤に塗りたくった炎に、一人は片手を花瓶もう片手を手裏剣に見立てた黒子役、残りの一人は顔を真っ白にぬり周りに花弁を侍らせた花に扮した格好のママ、薄気味悪い薄笑いを浮かべつつ今か今かと時を待っていた。

「じゃあ、次、S井サン!」
「ハイ!」

筆者制作の自慢のセットを組み立てるや、審査員からドヨドヨというざわめきが聞こえてくる。

「おお、これは大仕掛けだ」
「ン年前のあの作品をおもいだしますよ」

好印象をまず与えた我々は調子づき、大きな声でいう

「△■番、達人!」

しばしの静寂のあと我々は演技に入った。演技の間、様々なことが頭の中を走馬燈のようによぎる。

忍者に感動したあの時…

切腹を却下されたあの時…

ダムがおとされクギヌキがうかったあの時…

リベンジに燃え早朝から作業に駆り出されたあの時…

そして「達人」の案が絶賛され更にはこのセットさえも審査員にざわめきを与えた今この時!

全力だった、まさに全力を出しきった数十秒間…我々の演技は終了し、審査員は我々をじっと見据えていた。でるぞでるぞ絶賛の言葉が…。そして一人の審査員の口がついに開いた

「S井サン、あなたねえ…」

そうだそうだ、もっとほめろ。

意味がよくわかんないんですよ

なにい!

「結局、達人が何者かに襲われたってことなんじゃない?」
「最後は槍がとんできて、防いだってこと?」
気持ちはかうんだけど、如何せん演技がねえ

口々に開かれる酷評の数々。その間、達人と手裏剣と花と炎は直立不動のまま彼らの言葉をうけとめる、みるからにサンドバック状態である。

「なんか参考にされたわけ?」
「ハイ、あの前々回の忍者を…」

救いの手がさしのべられる、すかさず応える我々。

「忍者忍者…ああ、あれか」
「あのしょうもないやつねえ」
「もうちょっとマシなやつを…」

最早、彼らの言葉は我々の聞く耳ではなかった。目標とする忍者をコキおろす彼らに我らの意志が伝わるはずもない。一通りの悪評をうけた後の結果発表は予想どうり落選であった。だが我々の心中には一つの意志が芽生えていた。

こっちから願い下げじゃ!」

また五時間近くの道のりを、大きなセットと共に行く帰途の最中、誰一人今までの募る思いをうち明けようとはしなかった、が、我々はとても大きな何かを手に入れた。それは

欽への道は予想を遙かに上回るほど険しいコトと…あの酷評を見事くぐり抜け本選で全国に勇姿をみせつけながら見事に散った「忍者」はやはり偉大であったコト…そして一番大切なコトには、その偉大さに気付いた我々もまた偉大であるということである!

今度こそ、いつの日か、いつの日にか必ずや、欽よ永遠に!