想い出の欽ちゃん
第三回、予選突破大作戦!
いくつもの案が電話の主との激闘の末、散っていった。もう時間がない。電話の主が冷ややかな言葉をなげかける。
「次回にまわしますか」
しかし我々にしてみれば、出鼻をくじかれるような状態はどうしても避けたい。
「ダムなんかどうですかねえ」
「ダム?」
苦し紛れにでた言葉であったが、主はある種の反応をみせた。
「豪雨でダムが決壊して、ふもとの村を押し流すんです」
「どうしてもそっちの方にいきたがりますね」
そっちの方とはどういう意味か、我々には即座に理解することはその時点では精神的に不可能であった。
「まあいいでしょう、そっちの方で登録しておきますから」
電話の主は、なかば諦め声で書類審査通過を認めた。どうやら異例のことらしい。しかし、それは当初から切腹以外の企画を考えてもいなかった我々にとっても同じ事である。お互い様である。
かくしてダムという予想外の企画になってしまった今、出場人数も二人で十分と言うことになり、筆者はその回の参加を見送ることにした。そしてある日、筆者の元に隊員達から「出来上がったのでみてほしい」という電話がかかってきた。早速稽古場に足を運ぶと、そこにはスチロールで荒々しく、実に男気あふれたタッチで、ネズミ色にぬりたくられた大きな固まりがあった。
「これは?」
「ダム」
「なるほど」
どういった様相かはこの会話で十二分に伝わると自負できる。
ダムのふもとにはマッチ箱で造られた四角い小物体がいくつかちりばめられていた。
「これは?」
「家」
「なるほど」
どういった様相かはこの会話で十二分に伝わると自負できる。
そしていよいよ開始の合図がおりた。しばらくの静寂、いやがおうにも緊張感が高まる。
ガチっ
カセットテープのプレイスイッチが力強く押された音がした。隊員の一人のよく通る声がコダマする
「ダムの水が限界です!付近の方は即非難して下さい!もうすぐダムが決壊します!」
実際にこんな風に警告をするのかどうかという疑念をもつヒマもあたえず、スチロールを豪快なキックで蹴破って出てきた全身真っ青に塗りたくった大学生二人、そのままマッチ箱にボディスラムをくらわして動かなくなった。
勝負は一瞬だった。
しばらくしてムクリと起きた二人の跡には、ペシャンコにされたマッチ箱達が無惨な骸をよこたえていた。筆者の背中には、何とも言えない涼しげな風が吹き抜けるのであった。
時は過ぎ、予選当日。会場は海を渡った高松市。
仮装大賞予選はその地域の日本テレビ系列の放送局で行われるのが習わしであり、闘いの舞台は西日本放送であった。なんと100件近くの出場者がおり、これからの熾烈さを予感させる。その中で特に我々に果敢に闘いを挑んでくる初老の紳士の姿があった。彼の姿は全身黒タイツ、60前後のいい年である。「じゃあ、はじめて」審査員の声が紳士にふりかかる。
「○●番、くぎぬき!」
紳士は大きな声で自己紹介をする。まわりはその声におされシンと静まり返る。紳士は何も言わずに、気をつけ姿勢でたったままである。
一言、「ヨイショ」
という紳士の声と共に、彼は足のつま先を少し浮かせた…釘抜きである。
彼の勝負も一瞬であった。
「ごほん」
審査員が咳払い。
「もう、終わり?」
日本刀のような審査員の言葉が紳士を切り裂いた。
「はい」
紳士も負けてはいない。
「はい、ごくろうさん」、
紳士は満足気な表情でその場をさった。恐るべきライバル出現である。そしてついに我々の番である。
「●×番、ダム決壊!」
紳士を意識してか声にも力がはいる。
「はい、じゃあどうぞ」
そして、我々(正確には彼ら)は段取り通りテープを回し段取り通りスチロールを蹴破って段取り通りマッチ箱にボディスラムをくらわした。そして段取り静寂に包まれることになった。
「もう、終わり?」
どこかで聞いた言葉が降りかかってきた。二人はムクリと起きあがる。起きあがるという動作があるだけこの間はタチが悪い。しかし果敢にも二人は審査員の前に直立不動でアドバイスを聞こうと立ちはだかる。しかし審査員は何もいわなかった。ゴウを煮やした司会進行役曰わく「次の方どうぞ」…とりつく島もない。
そして結果発表、我々は見事に散った。だが!あの紳士は本戦出場を果たしたのである。かくして我々の最初のチャレンジは失敗におわった。だが奴らは大きなミスを犯した。我々にリベンジ心をますます燃え上がらせる結果となってしまったことである。また帰途につく我らに、あの老紳士のあの「ヨイショ」が蘇る。今回我々の教訓…
世の中わからんのう